夫タケさんが抗がん剤『パクリタキセル』の投与を始めたのが2020年5月でした。
2ヶ月後の2020年7月、投与を始めて最初の検査で癌の縮小が確認されて、『腺様嚢胞癌に抗がん剤は効かないという常識を覆す事が出来るかもしれない』と一筋の光が差し込んできたような、苦労が報われたような、そんな気分になりました。
投与開始から半年後の検査で、癌が大きくなっている場所がある事が分かりました。
落胆したのはもちろんですが、タケさんはスキップ(抗がん剤をお休みすること)を何度かした事が原因だと自分を追い込み、『副作用が辛くてもスキップはしない』と決めて、必死にパクリタキセルの投与を続ける日々を過ごしました。
だんだんと訪れる身体と心の変化
酷い副作用は次から次へと起こっていて、それは本当に辛いものでした。
中でもタケさんと私達家族を苦しめたのは『末梢神経障害』でした。
最初は痺れの自覚症状だけだったのが、足がよろつくようになって、次第に支え無しでは歩けなくなりました。
歩く時には腕を組んだり恋人繋ぎをしたり、最初はなるべく自然に(仲良しカップルを装って)と心がけて介助していました。
そのうち歩くのも困難になってきて、外出時は車椅子を使うようになりました。
そうやって身体がどんどん思うように動かなくなっていくのと並行するように、体力も衰えていきました。
癌が大きくなると体力が減る(癌にエネルギーを取られてしまうから)
まさにその状態だったのだろうなと今になっては思います。
歩行が難しくなって会社に行くのが困難になってきたので、基本的に在宅で仕事をするようになり、会社に行く日は私か会社の人が送り迎えをするようになっていました。
在宅ワークの日はもう本当に必死に仕事をしていました。
すぐに眠くなってしまうので、電話がかかってきては起きて応対して這い上がってパソコンに向かって、また座っていられなくてベッドで眠る。
時には座りながら眠ってしまって、椅子から落ちて、自力では立ち上がれなくて助けを呼ぶ。
会社に迎えに行くと椅子に座ったまま眠ってしまっているような状態でした。
そして心も蝕まれていきます。
タケさんは辛い副作用の中でも変わらず私達家族に優しくて、おちゃらけて笑わせてくれたり、いつもと変わらず家族のムードメーカーではありましたが、
精神状態に波が出るようになって、酷い時には顔つきが変わったようになって、いつものようにふざけて悪態つくゴボさんに本気で怒って蹴ったり、
タケさんの言葉に私が涙を見せると苛立って、ゴボさんがフォローに入ると普段ならきっと「あいつはスゴい」とか「成長した」とか私に言うのに「それじゃあ俺は悪者だ」と言ったりして、
どうにも止められないタケさんのそんな態度に私はハグして「タケさん、愛してるよ」と言う。
でもそれもタケさんには響かない。
そんな日々を過ごしました。
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