2021年4月は夫タケさんが上顎洞癌(腺様嚢胞癌)の再発で、抗がん剤『パクリタキセル』投与を始めてもうじき一年になるという頃。
癌は少し大きくなってはいたものの、急速に大きくなる事は無く、明らかに『パクリタキセルを投与しているおかげで癌の進行を抑えられている』そんな状態でした。
それと同時に副作用もどんどん辛くなってきていて、身体は問題なく元気だったタケさんが、車椅子生活になり、体力の消耗が激しくて寝ている時間が長くなり、仕事も這うようにギリギリなんとかやっている、そんな感じでした。
身体だけでなく、心も蝕まれていきました。
そんな状態でも、毎週毎週気持ちを奮い立たせて身体を引きずるように通院してパクリタキセル投与を続けていました。
妻の私がたった一度だけタケさんに治療について口を出したこと
癌が分かってからこの時まで、治療の選択を迫られたとき私は『タケさんに任せる』と言ってきました。
家族にとってなくてはならない大事なタケさんだけれど、タケさんの命はタケさんのものだから、タケさんが納得のいく選択をするべきだと私は思っていました。
タケさん自身も
「治療の選択は俺がするから。にょろちゃんと相談して決めたら俺が死んだ時にょろちゃん後悔するでしょ。それは嫌だから」
と言っていました。
いつものように寝る前のマッサージの時間、私は初めて治療についてタケさんに口を出しました。
・このままこの治療を続けていたら、近い将来寝たきりの状態になるのが想像できること
・仕事もできなくなるであろうと感じること
・今のタケさんの状態を見るのが辛いこと
・どんな選択をしても私は応援するし、ついて行くけれども、一度今後の治療の事を考えてみて欲しいということ
泣かないと決めた私でしたが、この時は涙が止まらず、泣きながら少しずつ少しずつ私の気持ちを伝えました。
タケさんは「考えてみる」と言いました。
翌週はパクリタキセル投与をスキップ(抗がん剤をお休みすること)しました。
その次の週、パクリタキセルをやめる事を主治医に伝えました。
タケさんのブログより
この時の事をタケさんは自分のブログでこう書いています。
翌週からは投与再開の気持ち満々でした。
そこで妻から涙ながらの告白を受けます。
「パクリタキセルの投与を続けるのが望みならどこまでも支える」
「それでもボロボロになる姿を見ているのは辛い」
「例えガンを倒せたとしても、歩けない体で本当に良いのか?」
「それ以前に寝たきりになり、病院に行けなくなるかもしれない」自分自身が見えなくなっていた私には衝撃の告白でした。
自分の頭の中にあったのは、
『パクリタキセルでガンを倒す』
『そうしたらパクリタキセルをやめる』
『しばらくすれば副作用はすべておさまり歩けるようになる』
といったものでした。
副作用が治らない事も想像していないし、寝たきりになることも想像していませんでした。ようやく自分の足元が見えた私は妻に言われたことを真剣に考えます。
http://blog.livedoor.jp/onaga_ren/archives/10131713.html
口を出した事が良かった事だったのか
私がタケさんの治療について口をはさんだ事が良かった事だったのか?
タケさんが心配していたとおりに私は今も悩んでいます。
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