夫の突然の昏睡状態/終末期のこと[13]

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『友人が宮司をしている神社で祈祷をしてもらう』夫タケさんのどうしても叶えたかった夢。

その夢を叶える為に訪問医と訪問看護師とで調整を進めていました。

決行日の4日前の2021年11月27日、タケさんは突然昏睡状態に入りました。

目次

訪問看護師が来るようになった日常

訪問看護師のお二人がうちに毎日来るようになって生活が大きく変わりました。

訪問看護師さんの田中さんと吉永さん。毎日前日の夜に「明日は◯時頃伺います」と連絡が来て、当日どちらか1人がやってきます。

この頃のお二人のやる事と言えば血圧と酸素飽和度を測って、胸の音を聞いて、薬の調整をするくらい。

あとはほとんどがお喋りの時間です。

タケさんの話をじっくり聞いてくれて、あとは田中さんと吉永さんの日常の話やら仕事の話やらそれこそ些細な他愛の無いお喋りに花を咲かせる。

長い時は1時間位、ただただ話をする時間だったりして。タケさんにとってはこの他愛のないお喋りは大事な時間になっていました。

タケさんと賑やかに話をした後、玄関先やリビングで、今度は私達家族と「心配事は無いですか?」と、タケさんがいたら話しづらい事を話す時間を作ってくれました。

今後、看取りまでの間にどのように体調が変化していくか、家族はどんな風に向き合えばいいか…など不安に思う事や疑問に思う事など、色んな話をしました。

「24時間電話をくれればいつでも飛んできますので、夜中だからとか躊躇しないでいつでも電話を下さい。

1日に何度呼んでも金額は変わりませんから、不安な時は何度でも連絡くれて大丈夫です。」

そう笑顔で何度も念押ししてくれた事がものすごく心強かったです。

「そうはいっても何度も電話なんか出来ないよね」

と思っていた私達でしたが、その後、この言葉が御守りのような言葉になるとはその頃は思いもしませんでした。

タケさん、突然昏睡状態に入る

この頃、寝る時間がどんどん増えていたタケさん。

もうほとんどの時間を寝て過ごしているのではないか?と感じるくらいでしたが、意思疎通は普通に出来ていたし、自分でトイレにも風呂にも行けていたし、ご飯も食卓で食べる事もできていました。(介助は必要)

目が見えなくなってから、出来ることが極端に少なくなったタケさん。

この頃の楽しみは、

格闘技の動画を聞くこと、

あとはYouTubeの、いわゆる『作業用』といわれる聞き流すタイプのお笑い番組を聞く事でした。

『松本人志のすべらない話』が特に好きでしたね。

ベッドヘッドにタブレットを固定する器具を取り付けて。

操作は見えないので家族がやっていました。

いつもの朝晩のマッサージタイム。

11月26日、夜のマッサージをしようと私はタケさんの部屋に入りました。タケさんは動画を耳元で流したまま眠っていた。

「タケさーん、マッサージしよっか〜?」

とタケさんの身体を触りながら声を掛けた時、夢と現実がゴチャ混ぜになっていたようで

ものすごく驚いた顔で目を開けて、

「はーーーーーーーーー、良かったーーーーーーーー」

と言って子どものような顔でホッとしたというような顔をしたんです。

そのあと、何だかよく聞き取れないような声で喋っていたんですけど、いつものようにマッサージされながら眠ってしまって、私もその話はまた明日聞けばいいかと思って聞き返しはしませんでした。

タケさんが目覚めない

11月27日、いつものように朝食を食べてもらおうとタケさんを起こしに部屋に入りました。

寝息を立てているタケさんに声を掛けました。

でも何度声をかけても、身体をどんなに揺らしても目覚めません。

これは普通じゃない

慌てて息子達を起こして、それから田中さんに電話をしました。

すぐに駆けつけてくれた田中さん。

あまり記憶には無いけれど大きな声で話しかけながら、たぶんいつものように酸素飽和度を測ったりしたのではないかと思います。

ご主人は昏睡状態に入ったと思っていい。

これからはご主人とご家族に残された大切な時間になる。

出来るだけ悔いが残らないようご主人との時間を過ごしましょう。全力でサポートします。

というようなニュアンスの事を言われたような気がします。

その時私の頭の中では、以前田中さんが話をしていた

『昏睡状態に入ると早い人で3日、長い人で3週間くらいで亡くなる』

という言葉が私の中に渦巻いていました。

私は、タケさんをリビングにあるベッドに移動したいと言いました。

あらかじめ2階の寝室からリビングに下ろしてあったベッドにタケさんを移動させて、家族の声や日常の生活音が響く場所で残された時間を過ごしたいと私が思ったから。

田中さんは快く引き受けてくれて、田中さんと私と息子達の4人でタケさんの身体の下に敷いてあったシーツの角をそれぞれ持って担架のようにして移動させました。

痩せ細った身体とはいえ、骨太で身体の大きいタケさんを曲がりくねった廊下を運ぶのはものすごく重くて大変で、

でも落とすわけにはいかないから、4人で必死で運んで、なんとかリビングのベッドの上まで移動させました。

それから布団を3枚、ベッドの傍に並べて、私達は代わる代わるタケさんに泣きながら話しかけて、布団にもぐって泣きました。

こんなに突然に別れが来るなんて…もうタケさんと会話が出来ないなんて…

昨日の夜、なんでちゃんと話をきかなかったんだろう…あれが最後のタケさんとの会話だったなんて…

そんなの嫌だ!!

泣いて泣いて泣いて、泣き続けました。

意識が戻った!!

その日の夜、うっすら話かけに答えるような仕草があったタケさん。

翌朝、ハッキリと目が覚め、元通りに意思疎通が出来るように。

昨日の悪夢のような1日は何だったのか???

その日は心底ホッとした嬉しい朝でした。

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