2019年9月3日、手術当日
パカラさんは仕事だったので私とゴボさん2人で病院へ向かいました。到着は7時頃。
手術の予定時間は10時間くらいと聞かされていました。順調に進めば18時頃には終わるだろうと思っていました。
手術室に入るまで
声がかかって手術室へは3人で向かいました。3人で歩いてエレベーターに乗って、手術室の前まで。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
「頑張って」
「イタリア人みたいなイケメンになってくるわ」
そんな普通にちょっと笑って会話をして別れました。
タケさんが手術中の私とゴボさん
タケさんが手術中はいつでも連絡が取れてすぐに駆けつけられるようにと言われていたので、ずっと病室で過ごしました。
個室だったので、ゆっくりくつろげます。
ゴロゴロとテレビを見たり、
スマホをいじったり、
トランプしたり(恒例の“家族で大富豪“用)、
ご飯も病室で食べました。
それでもずっと心配しながらの10時間はとっても長かったです。
予定の10時間が過ぎていくと
手術の時間は10時間くらい。
その調子でいくと終了時間は18時頃のはずでした。
18時を過ぎて、
19時を過ぎて、
20時も過ぎると私とゴボさんの不安とストレスはどんどん高まっていきます。
手術中なにかあったのではないか?
最悪の事を想像してしまったりして、狭い病室の中をウロウロと動き回らずにはいられない精神状態になります。
いつも大丈夫大丈夫と私を元気づけてくれるゴボさんがとうとう泣き出します。
“これはもうこのままの状態では待てない“
ナースステーションに行って
「手術終了がなぜこんなに遅れているのか確認してほしい」とお願いしに行きました。
「少し時間がかかっているけれどもう少しで終わる」と言われて少しホッとして、実際に声がかかったのは21時半頃でした。
手術終了/ICUのタケさんと面会
ICUにいたタケさんは顔がいっぱい保護されていて、顔中・身体中が何本もの管で繋がっていました。
そして響く機械音。
意識はありません。
意識のないタケさんに「よく頑張ったね」と身体をさすりながら話しかけました。
そんな状態だったのに“生きていてくれたこと“に心底ホッとしました。
術後の教授説明
ICUの脇に面会室があり、そこで教授先生から手術の説明がありました。
最初に「切除した上顎を見ますか?」と言われたので見せてもらいました。
上顎の骨に歯が付いた状態でした。
“少しずつ癌を取り除きながら、検査に出しながら、手術を進行し、取れる癌は取り切ったと言える“
と言っていただきました。
その上で
“重粒子線治療で生き残った癌はタチが悪い“
“顔つきが悪い“
そんな言い方を教授先生はしていました。
その教授先生の説明での私の捉え方は
癌は取るには取ったけれど安心できる状態とは言えない
というように感じました。
長い一日
病院を出たのは22時を過ぎていました。
心配で何度も電話をくれたパカラさんに電話して、その後親戚に連絡して病院の駐車場を出ました。
長い長い1日でした。
でも一番の難関を突破して、このあとは回復を待つだけ。そんなホッとしたような感覚でいました。
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